2012年7月25日水曜日

天使からのメッセージ

皆様、お久しぶりです。夢千代です。

 私には、とても素敵な仲間がいます。


 その仲間たちは、何かあったら互いに助け合いながら、みんなで幸せになっていくことの出来る、ソウルメイトです。

 「何か」と言ったって、何の強制もありません。

 ただ、人を慈しみ、自分を大切に出来る人であること。


何かあった時に、ふと「私はひとりじゃない」と思いだせるそんな仲間なんです。

そんなソウルメイトは、いつも不思議な意識でつながっています。


私は、先日江の島に行ってきました。
これは、その時に撮った写真です。



素敵な写真だったので、皆さんにお送りしました。


そして、文章の最後に先日訪れた江の島の洞窟内より海辺に続く階段。天使が二人降りてきます」と、何気なく記しておきました。


これは、あるお一方の女性からの、返信。。


「最近、天使についての本にはまっていて…なんとか私も見えないまでも、天使を感じたいと思っていたのが、つい二時間ほど前のこと…そこに夢千代さんからのメールです。。きっと天使が『私はちゃんといるよ』って私に伝えてくれたんだと思います」

upした写真には、『天使』は映っていませんが、メイトたちにお送りした写真には、『天使』が映っています。もちろん、本物の天使ではありません。ちょうどその時に元気に降りてきた、よそのおうちの子たちが、光につつまれて無邪気に降りてきたのが、僕にはそう見えたんです。


天使と言う言葉を、僕は普段から使っているわけではありません。

それなのに、たくさんある言葉のなかから、たった二つのその単語が組み合わさって、偶然生まれてきたことは、とても不思議な想いがするんですよね。



ソウルメイトの皆さんにお送りした写真を、そのままこちらに貼ろうと思いましたが、天使の写真は、皆さんだけの宝物にして欲しいので、こちらには載せません。



皆さんは、ぜひ、この光の階段から降りてくる天使たちの姿を想像して、みてくださいね。

今日も、良い時間をお過ごしください。


夢千代

2012年7月8日日曜日

日はまた昇る

最近、調子が悪く、TVやビデオを観て過ごすことが多かった。


僕の好きな役者さんの姿を、ここ二三日の間に立て続けに観たのだが、ふとあることに気が付いて、それをここに書き留めてみようと思った。


まず、僕が若いころから、本当にかっこいいなぁと思っていたのが、北大路欣也さん。
最近は、江 ~姫たちの戦国~で徳川家康公を演じた方といえばお分かりになるだろう。

そして、佐藤浩市さん。最近は、三谷幸喜監督の作品で登場したのをはじめ、「最後の忠臣蔵」では、私のご先祖様を演じたことも記憶に新しい。

田村高廣さん。子供の頃は、弟の田村正和さんが好きだったが、なんとも言えない味わい深い演技で、十代の終わり頃から好きになった俳優さんである。


寺尾聰さん。と言えば、サングラスをして、ルビーの指輪を歌う人だったけれど、映画寅さんに出演してから、俳優さんとしての味方が強くなって来た。



さて、以上挙げた俳優さんたちは、ある共通点を持っている。

それが何か、皆さんにはお分かりだろうか?



ある年代以上の方であれば、すぐに出てくるかもしれないが、この俳優さんたちは、言わずと知れた往年の名優さんたちのご子息でいらっしゃる。




北大路欣也さんのお父様は、時代劇スターの市川右太衛門さん。



佐藤浩市さんのお父様は、現在も活躍されている三國連太郎さん、釣りバカ日誌のスーさんで良く知られていますよね。



田村高廣、正和、亮さんの三人は、やはり時代劇スターで剣戟王(けんげきおう)と呼ばれた阪妻こと阪東妻三郎さん



寺尾聰さんのお父様は、演劇界に名だたる劇団民藝の創設者。宇野 重吉さんである。私が丸山先生のところに行った時、「君は本当は、宇野重吉さんみたいな人なんだがなぁ」と言っていたことを、いつも思い出す。



努力ではどうしようもない素質というものを、親から引いていることはとても多い。

もっとも素質だけあっても、何の努力もせず、「親の七光り」で世を渡ろうとする輩もいないこともない。
しかし、上にあげた俳優さんたちは、お父様の名に決して恥じないような、素晴らしい活躍を今でもされていることで、ファンとしては安心して夢見ていられる。

たとえ体が動かなくなっても、次の世代がまた新たな活躍をしてくれるというのは、親にとって何よりの喜びではないだろうか?

夢千代
画像 Eyes Pic

2012年7月3日火曜日

はまゆう山荘より

先日、久しぶりに休暇を取って、群馬県高崎市にあるはまゆう山荘に行ってきました。

はまゆう山荘のある場所は、かつて「倉渕村」と呼ばれ、私の住んでいる横須賀市の姉妹都市として、多くの横須賀市民がバカンスを楽しんだ所です(現在、倉渕村は高崎市倉渕町と表記されています)



2006年1月、群馬県で行われた「平成の大合併」により、倉渕村は、箕郷町、群馬町、新町、榛名町、吉井町と共に高崎市に編入したことで、「姉妹都市」の名前こそ外されてしまいました(そのままで良いと思うのですが…(^_^;)) が、現在でも横須賀市民は特典つきで、この施設を活用することが出来ます。



はまゆう山荘の位置する場所は、いわゆる「山荘」のある場所と違い、車やバスで行くことが可能ですが、車を持たない私は、近くの安中榛名まで鉄道を使い、そこまで送迎で来ていただく手段で、何度か宿泊させていただいています。


今回は、はまゆう山荘からお帰りのお客様がいるので、高崎のほうを廻りますから、特別にそちらまでお迎えに行っても良いですよということで、便の良い高崎駅に初めて降りました。

時間になって迎えに来ていただいた方は、はじめてお見かけするスタッフの方ですが、ざっくばらんな肉体労働派タイプのおじさんでした。

高崎駅からは、約一時間あるので、いろんな話をしながら山荘に向かいました。

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はじめに彼が話してくれたのが、この土地にある有名な道祖神のことだったんです。


「道祖神は、見たことがありますか?」

「いえ、何度かこちらに来させていただいたんですけれども、道祖神で有名なことは知ってましたけど、あまり出歩く機会がなくって、まだ見たことがないんです」

彼は、ちょっと遠回りして、村の中に何体もある道祖神の幾つかを、私に見せてくれました。
はじめに見た道祖神は、落合というところにある道祖神で、夫婦神和合の姿の中でもかなりセクシーな姿の道祖神でした。

「こんな姿の道祖神もあるんですね。驚きました」

「これは結構古いほうですけれどね、いろんな形があって、四種類に分けられます。夫婦型と僧形・天孫降臨・それと文字で表される形もありますね」

「…そんなにあるんですか!私の知識では、道祖神とは、夫婦和合の神だと聞いていました。神道の中で、もっとも原初の男と女の神様であられる神漏岐(かむろぎ)・神漏美命(かむろみ)という神様がいらっしゃるんですが、道祖神とはそれを象ったものだと。道祖神好きですよ。自分のうちにお祀りしたいくらいです」

「こちらにはよく来られるんですか?」

「いえ、はまゆう山荘に来るのは、今回で三度目ですが、この周辺はまだまだ知らないことが多いんです」

「ぜひ、お休みの時には来られたほうが良いですよ」
そう言うと、彼はさらに興味深い話を僕にしてくれました。

「私は休みの日になると、あちこち出かけるんです。あちこちと言っても、街の中にはあまり興味がありません。なんというか、広い世界が好きでね。私なんかしょっちゅう車で移動しているから、かえってお客さんみたいに電車なんか乗れないと思う。
僕が休みになると出かけるのは、まぁここも田舎だけれど、もっと田舎。ここから、二時間とか三時間、車を走らせると色々なところに行けるんです」

「あぁ、本当ですね。いい温泉も近いですねぇ。草津も伊香保もある。軽井沢も、この前はじめて行ってきましたけど、色々なところに行けますね」

「このあいだは、郡上八幡に行って来ました」
「郡上八幡!良いですね。あの水のきれいな所ですよね?」

「そうですね。あそこはよかったなぁ…。白山信仰が活発な所でね、おついたち参りがあって、あそこからまた加賀のほうにつながっているんです」
「白山ですか!今年四月に私行って来たばかりですよ」

「白山神社と言えば、この倉渕村にも信仰があるんですよ。あそこから、こちらへ嫁いできた方もいますし」

「へぇ、驚いたなぁ。まさか、白山とこちらがそうやってつながっているとは思いませんでした」
「まぁ、つながっていると言っても、白山神社があるということと、そちらから嫁いでいらした方の話を聞いたことがあるくらいですけどね。
また、あちらで葛飾北斎見てきたけど、はじめて良いとおもったなぁ。北斎なんて、全然いいとおもわなかったけど、あちらに行ったことで考え方が変わりました」

「その土地ならではの、作品を生み出すパワーがあるのかも知れませんね。よく芸術家や作家が、旅をしてインスピレーションを得るなんて言いますが、彼もそうだったのかも知れませんね」

「なるほどねぇ。あとは、巨樹とかね、巨岩を観に行くのも好きですね。特に岩ですね」

 

(榛名神社の御姿岩)

「岩ですか!私、ちょっと興味のある分野ですよ」

「中国であるひとつの石を手に入れてから、はまってしまいましてね、いま考えれば、その時の石はよくあるなんだか分からないような石にすぎないんだけれども、今では300個くらい持ってます」

「300個ですか!」

「そう。前に昇仙峡に行った時に、石の気持ちが分かるって言う人がいたんだけれど、石も抑圧されているから、あまりそれを家に置いておかないほうがいいなんて言われましたけど、今では高じてしまって、家の前に五メートルもある岩(この土地産出の自然石がいくつかあるらしいが、名前は忘れてしまった)が二つも並んでいるんです」

「私の友人にも、クリスタルボウルという石で出来た楽器を操る人がいますよ。彼女も私に必要な石は、向こうからやって来ると言っていました。石ですか、いいご趣味してますね」

「いや…、趣味なんていうもんじゃないですけど。例えばね…、街の中では自分の土地って言ったら、数字で決められているでしょう?ところが、こういうところに住む人間は違うんです。(車を停めて)ちょっとここ見てみてください。大きな岩が二本立っているでしょう。これが狭い所にぽつんと立っていたら、すごく大きいし、邪魔でしかないのだけれど、ここにこうしてあっても、これも五メーターくらいありますけど、それほど大きく感じないんですよね。あっても、景色にとてもあっているし」それで、これを門とみなせば、あちらにある山の景色が、すべて自分の家の庭なんじゃないかと、なんだか自然とそうやって思えてくるんですよね」

「はぁ。…大きいなぁ」


「大きいのが好きなんですよね。ここらへんで、パラグライダーが盛んなんですけど、私も十年くらいやりました。ほら、今、あちらの山の上で、いま降りたでしょう?」

「本当だ!」


「空の上から、この地上を見るとね、人間が開発した土地って、はがれた細胞のように見えるんですよ」


「ふ~ん(感心する)。そうそう、私の知っている巨岩なんですけれど、何年か前、広島に行ったんですよ。日本のピラミッドってご存知ですか?」

「いえ、初耳です」


「エジプトにあるピラミッドが、日本にもあるという学説を発表した酒井勝軍(かつとき)という大正時代の先生がいらしたんですが、広島県にある葦嶽山がそうなんだと言うんです」

「全然知りませんでした。それは本当にピラミッドだったんですか?」


「ピラミッドだという証拠があるんです。近くから見ると、本当にきれいな三角錐の形をしているし、また近くに拝殿やドルメン、太陽石といったものが続々と見つかったんです。確かに自然の山のはずなのに、これは何千年か何万年か前に作られた人工物であるとも言われているんですよ」

「それは知らなかった。今度調べてみますよ。あ、このあたりの景色もね、土地が相まって出来た地形だそうですよ。ほら、ちょうどエベレストが出来たようにね。このあいだ、地質学の先生がいらしてね、そう言っていました…」

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私は、ひさしぶりに人と話していて楽しいと思うことが出来た。

私は、彼がはまゆう山荘のどんなポジションの仕事を担当している方かも聞かなかったし、年齢はもちろんのこと、結局名前も聞かなかった。ふだん、私たちがこちらで重視しているものが、まるで関係なくって、お話しをしていればいるほど、自然と考えさせられたり、思わされたりすることが多々あり、何よりも素朴な人柄と無邪気な人間の「あるべき姿」に心惹かれた。


彼は、仕事は仕事だけれど、仕事に縛られて、石を観に行くことが出来なくなるのは嫌だと言った。はまゆう山荘に車が到着すると、彼は僕にこう言った。

「ありがとうございました。楽しいお話し、また聞かせてください」

(私のほうこそ!である)

そんな彼が、同じスタッフの方から何でも知っているとして尊敬され、ホームページの管理等様々なことが出来て、地元でも色々な活動を行っている知る人ぞ知る知識人であることをあとで知った。

                                              夢千代