2013年1月25日金曜日

道に迷った時



















テレビにて。

盲目の少女が、以前先生に連れられながら歩いた道を使って、一人でお使いに行きました。

少女は不安で泣きたくなりましたが、その時先生が言った言葉を思い出しました。

「迷ったら、そのまま進まず、迷う前のところまで戻って、そこからまた歩き始めること」

少女はその教えを歩いているうちに思い出したようです。

彼女は、お母さんに食べてもらおうとマクドナルドで買ったアップルパイを、無事帰宅してお母さんに渡すことが出来ました。

そして、お母さんにとても喜んでもらうことが出来ました。少女も初めての体験に、とても自信を持つことが出来ました。


夢千代

2013年1月4日金曜日

季節を徹底して楽しむ


「こたつの中で食べたいもの」のアンケートでいちばんだったのは、そう、誰もが思うであろう「みかん」が正解でした。

しかし、二番だった答えは意外なものでした。
それは、「アイスクリーム」が正解。

以前、私もレストランで働いていたことがあって、その時確かに、
「寒い時にあたたかいところで、冷たいものを食べるのが最高のぜいたく」などと教えられました。
「暑い時に涼しいところで、あたたかいものを食べるのも最高の贅沢」と。

ところが、私は日本の四季について懸念していることがあります。


それは、春夏秋冬の春と秋が消えつつあること。


欧米諸国のように、
「はっきりする」ことを良しとする風習がまかり通って、
奥ゆかしい日本のわびさびの世界が、なぜかどこかへ行ってしまいました。

でも、はっきりすることが美徳であるならば、現に存在している“いま”を楽しむことがもっとも、理に叶った美徳であると思うのですが、いかがでしょうか?

寒いから、それを避けるでなく、その寒さと共に生きていく。
暑いから、それを避けるでなく、その暑さこそを楽しめるような生き方を考える。

それがすなわち、文化であり、人類の知恵だと私は思うのです。

以前、私は沖縄の太鼓にはまっていた時期がありましたが、
現在は津軽の三味線にはまっております。

今回ご紹介する三人は、若い女性のドュオと初老の男性という異色のトリオですが、
実は、師弟というわけではなく、なんと三人ともそれぞれ三味線日本一になったことのある腕前の持ち主。


私は私らしく、
今あるままに、今らしく、
自らここに住むがゆえに、ここらしく生きていく。
私は、そんな生き方を、いつまでも夢見、そして、伝え続けて参ります。


(向かって右側にあるBirthの停止ボタンをクリックして、
        現在流れている音楽を一度止めてから、動画をご覧ください。)



輝&輝
2008年に白藤ひかり、武田佳泉のふたりによって結成された本格派津軽三味線デュオ。それぞれが全国大会で日本一になった経験を持つ。
現在、関東地方を中心に全国的に活動を行っている。  ホームページより

福士豊秋
1999(平成11)年
ドラマ「すずらん」に盲目の三味線弾き万吉役で出演。津軽三味線全国大会(弘前市)団体の部優勝。
2004年(平成16年) 津軽三味線全日本金木大会(金木町)団体の部優勝。
2007年(平成19年) 5月3日「青森市津軽三味線日本一決定戦」初代チャンピオンになる。同大会にて団体の部優勝。                      ホームページより 

2013年1月3日木曜日

あるがままに生きる


あけましておめでとうございます。
素敵な初夢、見られましたか?

今年で11年目になるそうなのですが、元旦に放送された明石屋さんまさんと、木村拓哉さんの番組のなかで、
さんまさんが面白いエピソードを言ってらしたので、ご紹介したいと思います。
さんまさんが、あるTV番組を観たんですって。
(この番組が放送される前日…ということですから、「大晦日」のことでしょうか?)

「海の生き物の生態について」

くじらとシャチと言えば、海の上で激しい生存競争が繰り広げられる両者の関係。
シャチは、あの大きなくじらを集団で倒し、また容赦なく、力の弱い子クジラさえその標的となります。

鯨(くじら)と聞けば、さも強そうに思えますが、実際にクジラが食べるのは、小さなオキアミ。
それでも「肉食」ではあるものの、シャチの獰猛(どうもう)さに比べれば、なんだか可愛くさえ思えてくるからおかしなものです。

それでね、さんまさんが言ってらしたことは、そういう動物の生態を観ていて、
年齢によって、その興味の対象が違ってくるっていうのですね。
若いころは、あぁ俺はシャチやと。
弱肉強食。あんな大きなクジラを、倒した。俺は海のシャチや。すごいで、と。
そう思っていたかと思うと、今度は結婚して子供でも生まれた時には、
あのくじらが、シャチの攻撃から、身を挺(てい)して子クジラを守っている姿に涙すると。
すごいなぁ。可愛そうやなぁ。親って偉大なものやなぁって。
ところが、今回、何に意識がいったかというと…
あのオキアミだって言うのね。
「たった三秒やで。ゆらゆらとあんなにたくさん泳いでいたかと思えば、ざぶーんと、クジラに一瞬で飲み込まれる。
あのオキアミの人生はなんだったんや!」って。

同じものを見ても、見ている自分のほうが変化するというね。。
実に興味深いエピソードでした。


yumechiyo

2012年12月16日日曜日

共に前に進みましょう(衆院選について)


今日、選挙の開票結果が出ました。(衆院選および東京都知事選)

やっぱり、と言うか。仕方ないと、言うか。。


あの2009年(平成21年)の自民から民主への政権交代から、三年が経ちました。

この三年は、我が国にとって苦難の連続でした。
政権が再び自民党に還りゆくことで、延々と続いてきた一党独裁とも呼べる55年体制の復活を懸念する声もありますが、私は決してそうではないと思うわけです。

あの2009年の交代がなぜ起こったか?自民は、そのことをもう一度踏まえて、同じ繰り返しをすることなく、改革を行っていただきたいと思うし、民主は、外側から自民を強く責めて来た割には、知行一致とならなかったことを、この時において、認識したのではないかと思います。

こう考えれば、どちらが良いとかどちらが悪いとか言うものではなく、継続する体制に胡坐をかいていては、いつまた政権交代が起きるやも知れないという、緊張感の中での政治が、これでようやく整ったわけです。

そこにはいつも国民の目が光っているということ。

民主は、今回のことを踏まえて、ぜひ経験を積んでおいていただいて、今度、また自民に不祥事が起こるようであれば、今度こそ、しっかりとした体制を敷けるような準備を、しっかりとしておいて欲しいと思います。


先ほど、TVのニュースで速報を見たばかりで、最終的な投票率がどうなったのか、把握していないのですが、16時の時点で34%。

今回は、あらかじめ結果を予測していて、「どうせ自分一人が行かなくても」と、選挙を棄権した方が少なくないのではないかと思います。

特に先日までに聞いたところによると、20代の方の投票率が、10%未満という話もありました。
これは想像するに、近年の個人主義の確たるものであると思っています。
自分の人生に直接関係がなければ、あえて触れないでおこうという傾向がこのような投票率にも表れているように思えてなりません。

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個人的な想いで言えば、ここ最近の野田総理の言動が、実に風格を帯びてきていらしており、党内においても民主党離れが続く中、実にほれぼれするようなリーダー性を発揮していらしたことを、私はこの場において非常に高く評価させていただきたいと思うのです。
これは、一党への支持云々ではなく、あくまで総理個人に対しての想いであるということを、あえて述べさせていただきます。

特にそれを感じたのが、選挙広報のCMでのお姿。

(それを再確認したいばかりに、ネットを見たら、酷いことを言う人がいるものですね。選挙は、人気投票ではありません。あくまで、誠実さと本質をこそ、見抜いていただきたいと思います。このお顔こそが、日本という国を本気で背負っているリーダーだけが成りえる顔つきなのですよ)

これは直接選挙のことを指しているのではありませんが、「人を見る目がない」と思われる方は、今の野田総理のお顔を一度しっかりと見ていただきたいと思いますね。

そのようなことから、私個人的には、民主で何人か総理が交代しましたが、彼は唯一、評価出来る方ですね。
CMをご存じない方には、文字で起こしてみましたので、その言葉だけでも、参考になさってみてください。そして、どこが政権を取ろうが、問題は山積みだという認識を私たちは決して忘れないようにしましょう。


『その一』
野田佳彦です。
この国の総理に就任して一年余り。
分かったことが一つあります。
結局、大事なことは「決めること」でした。
【自分で責任を負って決断する】
そのことだけで、物事は大きく動き出します。
日本の国のことも、人生のことも動かすのは、決断です。
今と未来への責任。

『その二』
野田佳彦です。
国論を二分するような大きな課題に、
私は逃げずにぶれずに、真正面から立ち向かいます。
【失われた20年は、決められなかった20年です】
このままの日本を、子供や孫たちに胸を張って残せるでしょうか?
やりましょうよ。前へ進みましょうよ。
動かすのは、決断です。

                                          画像:EyesPic

夢千代

2012年12月8日土曜日

歌舞伎俳優「中村勘三郎」の死について想う

先日5日亡くなられた、歌舞伎役者の中村勘三郎さんについて一言。

歌舞伎という世界は、遠いようで近く、近いようで遠いというのが、僕の中の正直な認識でありました。

どこか、お高くとまっているように思えながら、そういった概念を、覚られたかのように、あらゆるジャンルから、ポンと全然別のものを、目の前に出されたのが勘三郎さんでした。

それまでは、歌舞伎に興味の無い人が、勘三郎さんに興味を持って、歌舞伎座に足を運ぶようになった方、結構いらっしゃるはずです。

市川猿之助さんのスーパー歌舞伎もそうですが、現代は、かつてのものをそのままやっていたのでは、人は集まりません。

それにプライドを持って、そこから動けないようでは、いけないと私は想うのです。

エンターティナーとは、現代に生きる人々が、楽しむためのもの。

それに対して、過去より綿々と続いているいわばクラシックの世界が、その品位を失わずにどのように、今の人の心にその面白さを見せ付けるかの見本のような存在でしたね。

歌舞伎と言えば、6代目尾上菊五郎さんの辞世の句「まだ足りぬ 踊り踊りて あの世まで」が好きなんですが、自分の生きる道をひと筋に生きる姿、愛しぬく姿というものは、美しいものですね。

一人の存在が失われても、伝統はこれからも守られていくことでしょう。


寺千代

2012年11月15日木曜日

森光子さんは、日本を代表する女優さんでした



  森光子さんと言えば、私たち世代にとって、最もなじみの深い女優さんの一人でした。

  みんなのお母さんといったイメージの強い、日本の母の謙虚さと芯の強さと、ユーモアをも兼ね備えた、人としても尊敬出来る、大変存在感のある方でした。

  下記は、放浪記の舞台千秋楽、2017回終焉後の特別カーテンコールでの言葉を、当時の動画から私が起こしたものです。

     今日でこの役を、この役からさよならするとは、思っておりません、まだ。
    思えません。
 今日はもう夢みたいな、本当に、あの、現実ではないようにまだ思えます。
こんな幸せな思いをさせていただいて、本当にうれしいと思います。
      これは、毎回同じ芝居も、何度もご覧くださっているお客様皆様が、
    ご一緒に作ってくださった芝居だと思います。
  日本が素敵な国であることは、みなさん御存じでしょうけれど、
これからもみんなでいい国を支えていけるような人になりたいと思っております。
 私も、これからも、もちろん、引退なんか致しません。
  ぜひ私たちもそして若い方も一緒になって、いい国に作っていきたいと思っております。
  なんか偉そうに…言っておりますけれども、決して選挙に出るつもりはございません。
  本当に、本日はありがとう存じました。
       (この一時間前に、国民栄誉賞が正式に授与されることが決まりました)

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  森光子さん死去と同日同面。新聞の一面に、「衆院あす解散」との見出しが掲載されました。

  私も皆さんも、この国を一緒になって支えている一人です。
 
  私は私らしく、皆さんは皆さんらしく、この国に生まれた誇りを持って生きていきたい。


夢千代

2012年11月1日木曜日

母なる想い


昨日、ある方のお母様から電話がありました。

一年半前に辞めてしまった以前の、私の占いのお客様でね、本当に久しぶりのお電話で、一瞬ためらったのですが、受話ボタンを押して「こんにちは」と言いました。

 ある方とは、奥様とお子さんを残して失踪されてしまった方のことでね、ご本人もお母様も、何度か鑑定させていただいたのですが、ある日突然失踪されてしまたのです。


 仕事場で何かあったのか、「先生、私はうつ病になってしまいました」とのメールをいただいたことがありました。
 ところがうつ病だけではなかった。失踪してからも、二度ほどメールをいただいたので、とても言葉に気を付けながら、「ご家族に連絡して差し上げてください」とご返信したのですが、その言葉をまともに受け取っていただくことが出来ず、また音信不通になってしまいました。


 失踪してから、もう三年にもなるでしょうか?

 ご本人は、私よりも10歳も年長の方ですから、お母様といえばかなりのお年になります。

 そのお母様が、私にあった電話の内容というのはこうでした。

「あの、私は最近、息子に何度連絡をしてもつながらないので、もう番号を変えてしまったと思っていたんですけど、メールを送ったら『あちらに届きました』というメッセージが出るんですよ。それでこちらからは届いているかと思って、毎日メールを送っているんですけど、これって息子に届いているんでしょうか?」


 私は、このお母様が不憫でなりませんでした。

 もちろん、失踪されたご本人にも、出てこれない事情というものがおありでしょう。

 ただ、私は、一人の人間として、このお母様の息子さんを想う一途な気持ちを、黙って見ていられませんでした。
 以前のアドレスを引っ張り出して、ご本人にメールをしてみたんですけれど、デーモンメールで戻ってきてしまう。それをまたお母様に電話してお伝えすると、「Eメールじゃなく、番号で送れるやつです」っておっしゃるから、「わかりました」って、またショートメールをご本人に送りました。

 本当は、ショートメールって好きじゃないんです。要件のみならず、意思を伝えるには、たった数十文字は短すぎますから。それでも、三通に振り分けて、送ってみました。もしかしたら、通じないかもしれない。もしかしたら、他の方の番号でご迷惑になってしまったかも知れない。でも、お母様のたんたんとした無心に息子さんのことを思う気持ちに、人として動かずにはいられなかったのです。


夢千代
                                 画像提供:写真素材館